ひとみーぬ通信

本、映画の感想、ブログ運営法など雑多なブログです。

スクールカースが学生時代だけの虚構のピラミッドである理由

先日本の整理をしていたら昔購入した↓の本が出てきました。

教室内(スクール)カースト (光文社新書)

色々分析的に書かれていて話題になりましたし、この本の影響からスクーカーストのシステムについて色々論じられる機会が増えたと思います。

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スクールカーストが大人社会で通用しない理由

私の全体的な感想を言うと、スクールカーストは学世時代の一時の仮想ヒエラルキーであって、大人の世界では通用しない、ということです。

スクールカースト上位の評価基準 

  • ノリのよさとリアクションのよさ
  • コミュ力
  • 容姿端麗でオシャレ
  • 運動系クラブに所属

などの特徴があるようです。

この条件だけを見ると、確かにそういう人って魅力的だから支持されるよね、と思います。

大人社会の評価基準との違い

しかし学生と大人の決定的な違いは、表面的な要素よりも、より実質的な要素が加味される点です。

レスポンスが速い人は信頼されにくい

学生のコミュ力は主に、リアクションの速さ、レスポンスの速さ、ノリのよさ、などテンションがいいか悪いか、という要素の方が大きい傾向があります。

大人の場合もノリのいい人やリアクションのよさも好感を持たれることもあります。

しかしそれ以上に、しっかりと考えて発言しているのか?しっかりと受け止めて(要点を理解して)対応してくれているのか?という誠実さが重視されることが多いです。

 

それはビジネスなど、大人同士の関係は信頼なしには成り立たないからです。

不誠実で、いい加減で、ノリや勢いだけで突き進もうとする人は、トラブルメーカーになるので敬遠されます。(メールの返信などが早いこと=誠意と受け取る人も多いのでそちらはプラスだと思います)

品性と知性は言葉に出る

また学生の場合は、流行りの言葉などを使えた方がイケてるカテゴリーに入りやすくなります。

一方、大人の場合、語彙力のなさ=知性の低さ、とみなされ、人によっては軽く扱われてしまうこともあります。

すごい!やばい!はたまに使うのはアリですが、言葉遣いに品性や知性がないと、仕事やその他のことも、あまり期待できないのでは?という先入観を持たれやすいのです。

 

そもそも品性は文明社会で自分を守るためであると同時に、他者を不快にする言動、態度に気づく、という知性でもあります。

相手の真意を汲み、要点を掴んでから対応する

また即答で返事をするのがよし、とされるリアクション重視のスクールカーストでは、レスポンスの内容が浅く、考察が甘く、オリジナリティのない意見に終わることも少なくありません。

感性で応えることが有効な場面もありますが、大人の場合、思い付きでペラペラ発言するのではなく、相手の質問の意味を受け止め、自分なりの解釈で応える丁寧さが求められます。

そのため、即答ではなく、少し間をとってから話しだした方が、信頼され、好感を持たれることが多いです。

 

相手の気持ちや要求を汲むということは誠意であり、多くの場合、誠意には手間がかかります。

大人世界では「信頼の獲得」が命

つまり、ノリとリアクションが重視されるスクールカーストと大人の世界では、信頼の獲得という点で、評価方針に差が生まれるのです。

 

よく学生時代は目立っていたヤンキーが、同窓会などで会うと冴えない人になっていて、逆にオタクで、地味でさえなかった人が、社会人になって成功し、洗練されていることって多いですよね。

これも即興でお手軽に自己を誇示する方法を選ぶことと、時間をかけて本質的な力(知力や技術)をつけてきた人の差が、信頼社会、能力社会の大人の世界で逆転することを意味していると思います。

 表面よりも本質、軽いよりも深み

つまり、周囲の人間の質が変わることで、自然と評価基準も変わってくるのです。

この本で、学生たち自身がスクールカーストを楽しんだり、嫌悪したりするのは構わないと感じます。

まだ10代で、狭い建物に集団で閉じ込められて、摩擦や亀裂が起こらないはずがないからです。

スクールカースト

大人の世界でも、集団になると摩擦や亀裂が生じるのですから。

ただし大人の場合、人を見る時は、表面よりも、本質を重視する傾向が強いです。(人によりますが)

容姿端麗だけは普遍的にピラミッド上位な現実

また、容姿端麗な人がもてはやされるのはどの年代も、基本的に変わりません。

ただスクースカーストの場合、はじめに書いた他の上位要素が欠けていると、美人や美男子で性格がよくても、素敵な範疇には入らないことが多いようです。

 

そういう人は、学生時代と大人になってからの、自分への周囲の対応や評価の差に戸惑うでしょうね。

美人や美男子は間違いなくモテますし、運動神経やノリのよさ等関係なく、好きになってくれる異性はいます。(「美形でもモテない、美形は3日で飽きる」はただのモテない人の妬みです)

つまりスクースカーストは大人になってからは通用しない虚構のピラミッドだったのに対し、容姿だけは遺伝的な要素となるので、大人になってからもピラミッド上部にあり続ける普遍的な価値と言えるのかもしれません。

 

ただし、最近は外見至上主義から卒業し、より本質を見る、成熟した文化にもなりつつあるので、今後はどうなるかわかりません。 

 女性同士の外見、若さという男性優位視点での不毛な争いを避けるには、社会がある程度、成熟することが必要ですからね。

 

 まとめ

結局この本で、私が一番驚き、衝撃的だったのは、インタビューを受けた某教師の世間知らずさと浅はかさでした↓

「(下位のグループにいる生徒は)見ていて気持ちいいもんじゃない。
プラマイゼロを最高として生きているように見える。関心持たれないように生きれたなら、やつらにとっては成功で」

「だからこっちが作文の代表を選ぶって言って、真っ先に浮かぶのが強いグループの子たちだからね。

だから弱いほうにはとても任せられない。候補にすら挙がらない。そこにしたら、大変なことになっちゃいそうだから」

「(下位のグループにいる生徒は)将来100%使えない」

             引用:教室内スクールカーストより

 

体罰はすでに禁止されましたが、一部であれ、こういう教師がいるという事実を深刻に受け止めて、教師も生徒以上に視野を広げる機会を持った方がいいと感じました。