ひとみーぬ通信

本、映画の感想、ブログ運営法など雑多なブログです。

市場のボーダレス時代に「引きこもり」という言葉は死語。外に出る、出ないは個人の趣向。

先日、こんなニュースを偶然目にしました↓

www.kanaloco.jp

高齢化した引きこもり問題について調査するそうです。

私は今の時代、引きこもりという言葉はもはや死語だと捉えています。

市場のボーダレス化

今は、みんながみんな毎朝、毎日職場へ通勤する、という時代ではなく、インターネットを活用し、家で仕事をする人も増えています。

家で仕事が完了すれば、何か特別な用事や約束などがない限り、外へ出なければならない理由はありません。

外に出る理由があることが当たり前、外に出ている人がマトモでそうでない人は引きこもり(病気?)という解釈は短絡的すぎます。

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SNS、動画、ゲーム、娯楽は室内で完了する

今は、若い世代のインドア化が進んでいるそうです。

一日中に外に全くでない、と言う日も普通にありますし、家の中でSNSを楽しんだり、動画を観たり・・と各人で楽しんでいるのだと思います。

外出しない=お金もあまりかからない、という点でエコです。

 

家で悶々としながら病んでいる・・という従来型の引き込もりラベルとは違い、快適に過ごす家充な人達がもはや多数派になりつつあります。

将来的にも家充のニーズは高い

今後、通販やVRの進化など、家にいながら、さまざまなサービスを利用でき、エンターティンメントを楽しめる環境が整備されてくると思います。

大学等も動画やVRによるバーチャル授業を導入する流れになる可能性は高いです。(日本にいながら海外の大学の授業を受ける、など)

インフラ技術と市場のボーダレス化により、物理的条件や時間の制限を超えることができます。

家で過ごした方がスキルや人脈が広がり、成功する、という傾向になってもおかしくはありません。

そのような時代に、引きこもりという言葉は完全に死語です。

引きもこもりは理想の生活

私自身、今は引きこもりに近い生活をしていますが、仕方なくそうなったというわけではなく、自分の意思と要求に沿う形で、積極的に引きこもっています。

 

昔から、毎日自由な時間を自分で管理でき、自分の裁量で稼ぎ、家でゆっくりする時間が沢山あって、自分の好きな人達とだけ付き合う!という生活が理想であり、憧れていました。

私にとって、引きこもり=ネオニート=自由なセレブというイメージです。

マスコミや世間の思うようなマイナスイメージはありません。

経済力は気力次第

引きこもり=収入がない、という失業の問題を取り上げるのならば、生活保護を受けているわけでもなければ各家庭の事情の範疇です。

親の財産で優雅に暮らしている人も沢山いますし、収入がない=大問題!という決めつけもおかしいと思います。

ただ、親にも経済的がゆとりがなく、承認もされていないのであれば、知恵を絞り、稼げばいいと思います。

生活スタイルを変えずに、ネット環境だけで完結し、稼ぐ方法はいくらでもあります。

コツコツと力をつけていれば、会社員よりも多くの収入を稼ぐことも可能だと思います。

終身雇用が保証されず、賃金の低下が定着している今、会社勤め=安心とは言い切れません。

自分で知恵を絞り、試行錯誤し、会社というブランドに頼らずに稼ぐ力を身に着けることは、今後の人生の大きな糧にもなると思います。あとは気力の問題だけです。

 引きこもり問題の真の元凶は「同調圧力」と「偏見」

外に出るか、出ないかは、個人の趣向(ライフスタイル)の範疇であり、問題として取り上げるようなことではありません。


逆にこのように、引きこもり、という言葉を作り、そこにネガティブな解釈を与え、問題視する風潮こそ、引きこもり(と決めつけられた人)を病気にしている元凶です。

 

各人で人生の中でやりたいこと、重要視することは異なります。

人と直接会い、沢山交流したい!という時期もあれば、一人になり、内観し、真理を探究たい!などという時もあるでしょう。

外に出て、人と会って、交流することが社会参加という決めつけは、硬直的で古い価値観です。

そのような古いラベルを元に問題視し、問題をこじらせ、差別と偏見を助長させる風潮こそ、改善すべき「病気」だと感じます。

めずらしいライフスタイルを逆に面白いと感じたり、メリットや魅力を見出す位の度量と思いやりを持って他者を見ることのできる社会になれば、その人達もイキイキと外に出てくると思います。

まとめ

外に出る出ないは、ただの個人の趣向。

「引きこもり」という偏見ラベルを貼り、問題視する人が問題を深刻化させている。

 

★補足★

女性や子供への優遇措置ついては厳しいのに、引きこもりには甘いと思われそうですが、引きこもりの場合、女性や子供のように社会から過度に優遇されていません。

もし、引きこもりが過度に優遇されはじめ、引きこもりだから他の人の権利を侵害してもいい、迷惑をかけてわがまま放題にしてもいい、という特権的地位になれば今度は逆差別となるので斬ります。

社会的な地位や優遇度は、バランスが大事だと思っています。

一部の人達を優遇することで一部の人達が割を食うような仕組みは、いずれ大きなトラブルや対立を生みます。

一番問題なのは「○○な人なら何をやってもいい」逆に「○○な人には何をしてもいい」という意識が根付き、立場を理由に横柄に振る舞ったり、逆に攻撃したりすることだと思います。

 

まぁ、今回の記事で書いたように、引きこもりと言う定義自体、いずれ消滅すると思います。