ひとみーぬ通信

本、映画の感想、ブログ運営法など雑多なブログです。

職場の成果よりもプロセス重視の監視体制にもやもやします。

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どうも、日々清掃バイトをしながら新ビジネス始動に向けて活動する三条です。

 

ここ数週間、再びもやもやが溜まってきたのでブログで吐き出します。

 

今回も清掃の職場の体制に対してのもやもやです。

 

まず、以前書いた、作業開始30分前に事前準備をし、10分前には周知のために事務所の狭い椅子に座っていなければならない、ということに納得できていない自分がいます。

 

リーダーにお世話になっているのと、雇われの立場から反論する余地もないため、この部分はおとなしく従っていますが、なぜ30分時給が出ない時間、労働者の時間と行動を拘束して当然という姿勢なのか・・もやもやしますね。

 

あと、もうひとつ、かなりもやもやしていることがあります。

 

最近、職場の休憩室(全社員用)で、とても広くてカフェのような居心地のいいスペースを見つけたのです。

 

そこでは、スポーツ飲料やコーヒーが飲み放題で、景色も眺めることができ、仕事中の休憩タイムに癒されるのにちょうどいい場所でした。

 

今の仕事は、自分のタイミングでお手洗いや飲料休憩をとっていいのですが(その日の作業のペースに合わせてとる)

 

最近、作業に慣れてきたため、時間に余裕ができて、そのカフェスペースで20分~40分(合計)まったりしていました。

 

もちろん作業がすべて完了したうえで、次の作業も滞りなく指示された通りこなしています。

 

私としては、休憩をどこで、どの位とろうが、自分の分担をしっかりこなして、仕事に影響がなければ構わないだろう、という認識です。

 

しかし、最近、管理課から、清掃員の顔写真の撮影と提出の義務が課され、さらになぜが私たち清掃員ひとりひとりの情報をまとめた(中身は不明)ファイルのようなものが作成されていました。

 

管理課からは、清掃員が増えてきたため、顔と名前が一致しない。顔写真を提出してもらいたい、ということらしいです。

 

つまり、私たちを監視する気まんまんなわけです。

 

もちろん、不審者を選別するためには大切なことですが、これが社員の行動記録を監視するためなら非常に不快です。

 

私のように、空いた時間をカフェスペースで過ごしているだけで、サボっている等のいちゃもんをつけられたら本当に切れますね。

 

どうも、ロックオンされている予感がします・・

 

それ以来、カフェスペースに行く頻度を下げて、作業をゆっくりやって休憩する時間があまり長くならないように調整しています。

 

本来なら、もっと早く作業を終えられるし、休憩時間にカフェスペースでまったりすることで、さらに次の作業も効率的に進められるのですが、

 

行動を監視されているとなると、そうもいきません。

 

このように、社員を監視し、行動だけを見て成果を見ない。

 

プロセス重視で、成果とのコミットメントを重視しない・・

 

典型的な旧型の職場体制なのが、しんどいです。

 

うちの施設は市が運営しているので、予算も市が組んでいます。

 

そのため、社員やパート従業員のお給料も最低賃金レベルですし、条件も決してよくありません。

 

※つい最近31歳の女性が新しく入ってきましたが、当日中に辞めたそうです笑

 

なんというか、とにかく無駄が多い。

 

今日は「盆踊り大会をやるから」という理由で、ひたすら氷川きよしさんのズンドコきよしを熱唱している社員の歌声が30分以上響き渡っていました。

 

いつも障がい者さんの周りに大勢の社員の人が取り囲み、歌を歌ったり、お菓子選びゲームをしたり。

七夕では、バカでかい短冊つきの木の処理を頼まれて困惑しました。

 

もし私が市の職員ならが、ああいう作業は徹底的にカットして予算を削減しますね。

 

ヒューマンスキル、心のケアという面を大切にしているのだと思いますが、一方でくだらないことにこだわり、本来の役割を軽視している面があるような気がします。

 

要は、非合理的で鈍くさいのです。

 

今はテレワークの時代で、上司が部下の仕事ぶりを監視するために、サボっていないか?常に連絡を入れるところもあるそうですが、典型的なできない上司の対応ですよね。

 

ビジネスの素養があるなら、部下が見えないところで何をしていようと(犯罪行為や迷惑行為は別です)、任務に対して成果を出していればそれでいい、はずですし、それがベストなはずです。

 

ずっとデスクに向かっていても、ほとんど成果が出せない、ミスだらけ・・のほうが困りますよね。

 

こういう監視体制はもう古いな、とつくづく感じます。

 

会社と社員が家族だった時代の名残でしょうか。

 

若者の離職率が高い(3年以内に辞める人が多い)ことからも、もう誰も組織や上司に管理されたくないわけです。

 

私としては、作業をしっかりこなしているのに、監視されて、無駄に行動を制限されるのが本当に理不尽でし、イライラしてしまいます。

 

拒否したいけれど、雇われの身では反論する余地すらありません。それがもどかしいのです。

 

こういう旧体制の職場で低賃金で働くのは、正直いってもう二度とごめんですね。

 

8月中に仕事を軌道にのせて、奴隷労働者から脱却できればいいな、と思います。

 

 

この職場に入ってからもうすぐ3か月たとうとしています。

 

ふと、もしかたら、もう復活できないのではないか?

 

もう、今の職場でやっていくしか道はないんじゃないか・・?

 

誰かのために自己犠牲を払い、労働しなければいけないのではないか・・?

 

好きなことでゆとりのあるラグジュアリーな暮らしなど夢みずに、分相応で満足する虫でいるべき・・?

 

という戦時中のような価値観に洗脳されはじめています。

 

本当に危険な状態です。

 

まだ入りたての頃は、心が猛反発していたのですが、あまりにも同じ光景が繰り返され、反論する余地(立場が劣勢)がないため、

 

心の反発に対して、不感症になりはじめているのがわかります。

 

こうやって、人は本心を見失い、自分の幸福ではなく、社会にとって、誰かにって都合のいい人生を送り、墓場に入るのかもしれませんね。

 

 

 

社会行動学によると、

 

一度自由を手に入れた人と、一度も自由を手にしたことがない人。

 

自由を奪われる時の反発は前者の方が強力だそうです。

 

日本の昔話には女性の怨霊が多いことからわかるように、抑圧されてきた存在こそ、最後の最後でとんでもない化け物になります。

 

こういうことを知っている賢い人たちは、最後の最後(墓場に送り出すまで)、自由を与えずに、適度なバランスで飼いならすのでしょうね。

 

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